2025.01.06

浮世絵と和菓子の意外な歴史!葛飾北斎の風景画があるものに使われていた?

新千円札の裏面デザインに葛飾北斎の作品が採用されたり、テレビドラマで取り上げられるなど、今改めて浮世絵に注目が集まっています。現代を生きる私たちは浮世絵を「芸術品」ととらえがちですが、そこに描かれた人やモノ、風景は当時の人々の目にどのように映ったのでしょうか。江戸時代の庶民にとって浮世絵はとても身近な存在で、和菓子とも深い関係があるといわれています。波乱万丈の浮世絵の歴史をたどりながら、当時の人々の暮らしに思いをめぐらせてみましょう。

風景画、美人画、役者絵…浮世絵の歴史と種類
その名前の由来は「浮き浮き」?

葛飾北斎

浮世絵は江戸時代のはじめ、1670年ごろに誕生した、当時の人々の暮らしや娯楽を題材にした風俗画の一種です。「浮世」とは「現世」という意味で、もとは「嫌なことが多い世の中」として「憂き世」と表記されていました。しかし江戸時代になり世の中が安定するにつれ、「浮き浮きと楽しい世の中」というポジティブな意味を持つ「浮世」に変化したようです。※1

風俗画とあって、浮世絵のジャンルはバラエティ豊かです。当時人気のあった歌舞伎役者や力士に遊女、また東海道の整備などによる旅行ブームを反映して、各地の観光スポットも好んで描かれました。代表的な浮世絵師としては、美人画で有名な喜多川歌麿、役者絵で名をはせた東洲斎写楽、風景画では葛飾北斎や歌川広重などが知られています。

浮世絵は1点物の「肉筆画」と木版で何百枚も刷られた「木版画」に分けられ、一般的な木版画は下絵を描く「絵師」、木版を作る「彫り師」、絵の具をのせて紙に刷る「摺師」による分業制で制作されました。その前段階として作品を企画し、浮世絵づくりを取り仕切っていたのが「版元」と呼ばれる人たちで、彼らは浮世絵制作のプロデューサーともいえます。2025年のNHK大河ドラマでは、この時代を生きた1人の有名版元の人生が描かれます。※2

浮世絵はファッション誌、浮世絵師はインフルエンサー!?
浮世絵が果たした役割

葛飾北斎

浮世絵は今でこそ芸術品として扱われますが、当時の浮世絵の木版画はあくまで庶民を対象としたもので、B4ぐらいのサイズで価格は1枚20文前後でした。現代でいえば数百円程度で、当時の人たちは私たちがコンビニで漫画や雑誌を買うぐらいの感覚で浮世絵を手に入れていたと想像できます。※3

テレビも写真もない時代、人々は浮世絵を通して流行りの遊びや衣装、人気の役者、各地の風景といったさまざまな情報を得ていました。呉服屋などがスポンサーとなってお店や商品の宣伝を兼ねた浮世絵が制作されたり、ある浮世絵師が美しいお茶屋の看板娘を描くとその店にどっと客が詰めかけるなどということもあったようです。※4

安くてかさばらない浮世絵は、江戸土産としても人気があったと言われています。地方で暮らす人たちは、浮世絵を見て江戸での流行を知り、憧れの「大都会」に思いをはせたことでしょう。

当時の浮世絵はいわばメディアであり、現代のファッション誌やブロマイド、宣伝ポスター、観光ガイドブックなどに相当するもので、浮世絵師はインフルエンサー的な役割をも果たしていたといえるかもしれません。

葛飾北斎とコラボも。和菓子と浮世絵のおいしい関係

人々のリアルな暮らしを描く浮世絵は「食」とも深い関係がありました。江戸時代は幕府が砂糖づくりを奨励していたこともあり、和菓子の多くはこの時期に生まれました。せんべいのほか羊羹、饅頭、かりんとうなどの砂糖を使ったさまざまな和菓子がつくられ、浮世絵にはこうしたお菓子を楽しむ人々の姿も描かれています。

さらに、浮世絵師の中にはお菓子の包装紙用の絵を描く者も現れました。複数の美術館に浮世絵が刷られたお菓子袋が保存されていますが、その中には葛飾北斎や歌川国貞などのビッグネームの作品も含まれます。お菓子メーカーがオリジナルの絵を発注することもあれば、過去の作品を転用するケースもあったようです。※5

カラフルな浮世絵を使った包装紙は、人目を惹いて宣伝にも一役買ったことでしょう。「あの人気絵師が!」と話題性も抜群で、現代でいえば有名なアニメ作品や漫画家とのコラボ商品といったところでしょうか。当時のお菓子袋がきれいに保存されているのを見ると、絵師のファンが浮世絵目当てでお菓子を購入するということもあったのかもしれないなどと想像がふくらみます。

海外の有名画家の目にとまり美術史に影響を与えた浮世絵は
今も私たちの身近に

葛飾北斎

このように一世を風靡した浮世絵ですが、江戸中期以後は幕府の綱紀粛清や贅沢を禁止する政策により、描けるテーマや使える色、価格、販売できる数量などが厳しく制限されます。それでも版元や絵師たちはあの手この手で規制に立ち向かい、浮世絵人気を維持してきましたが、江戸から明治への時代の流れとともに少しずつ状況が変化していきます。世間的な役割や評価も徐々に変わり、一説には浮世絵が輸出品の緩衝材に使われていたという話さえあるようです。

一方、浮世絵は海外では高く評価されました。モネやゴッホが浮世絵を収集していたことは有名で、名画として知られるモネの「睡蓮」にも影響を与えたといわれます。多くの芸術家が浮世絵にインスパイアされ、ジャポニスムという現象が巻き起こりました。

浮世絵はその後日本に逆輸入され、再評価されるようになり、ふたたび私たちの身近な存在になってきています。切手やパスポートのデザインにも採用され、2024年に発行が開始された新千円札には葛飾北斎の「富嶽三十六景『神奈川沖浪裏』」が使われているほか、浮世絵をオマージュした食品パッケージや生活用品など、日常のさまざまな場面で目にするようになりました。江戸時代の庶民に愛された浮世絵は、300年後の私たちの暮らしにも広く溶け込んでいるのです。

☆お菓子の歴史についてはこちらで紹介しています。
紫式部もお茶菓子を食べた?平安時代にも飲まれていた「お茶の起源」とは?
和菓子の日とは?和菓子の日の歴史と厄除けと招福の関係

【参考文献】
※1 刀剣ワールド/名古屋刀剣博物館
https://www.meihaku.jp/ukiyoe-basic/
※2 NHK
https://www.nhk.jp/p/berabou/ts/42QY57MX24/
※3 美術展ナビ
https://artexhibition.jp/topics/features/20221215-AEJ1136667/
※4 国立国会図書館 本の万華鏡
https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/34/1.html
※5 太田記念美術館
https://otakinen-museum.note.jp/n/n5eddb3183ab3

  • 澤 晶子

  • ライタープロフィール
    澤 晶子(サワ アキコ)
    WEB編集者・ライター
    長年、学習塾・家庭教師勤務。フレンチ・イタリアンレストランでの勤務経験も豊富。趣味は食べ歩きと料理。季節のグルメのお取り寄せにも目がなく、特に地方限定銘菓が大好きです。