日本にはいろいろな「ご当地せんべい」がありますが、とりわけ有名なのが、草加せんべいと南部せんべいではないでしょうか。じつはこの二つのおせんべい、素材に大きな違いがあります。お米で作られた草加せんべいと、小麦で作られた南部せんべい。それぞれの歴史を紐解きつつ、ちょっと変わったおせんべいの楽しみ方も紹介します。
地の利に恵まれた宿場町で誕生 草加せんべいのルーツとは
草加せんべいは、言わずと知れた埼玉県のご当地せんべいです。作り方は、挽いたお米を蒸して伸ばし、ゆっくり乾かしたら、焼き網で気泡ができないよう押瓦という道具で押しながら焼き上げます。おせんべいが熱いうちに醤油を塗れば、パリパリと香ばしい草加せんべいの出来上がりです。
現在のかたちの草加せんべいは、江戸時代から伝わったと考えられています。ルーツは諸説ありますが、よく知られているのは「おせんさん」というお話です。
「草加が日光街道の宿場町として栄えていた頃、街道沿いの茶屋でおせんさんという女性が団子を売っていました。ある日、売れ残った団子を捨てるのはもったいないと考えていたところ、通りかかったお侍さんから『団子を平たくつぶして焼いて売ったらどうか』と勧められ、焼き餅を作って売ったところたちまち評判となり、その焼き餅は街道の名物となりました」。※1※2
このお話はのちに作られた物語ともいわれていますが、昔から米どころとして米作りが盛んだった草加では、農家の人たちが余った米を団子状にし、乾かしたものを保存食としていたそうです。やがて江戸時代になり、宿場町として茶屋や物売りが軒を並べるようになると保存食だったおせんべいも売られるようになり、広まっていったと考えられています。
当初は生地に塩を練りこんだおせんべいだったそうですが、それまでは貴重だった醤油が幕末になって普及し始めると焼いたあとに醤油が塗られ、現在の「草加せんべい」が誕生したといわれています。※1
草加市のある埼玉県東南部は広い平野と豊富な水、気候に恵まれ、米作りが盛んな穀倉地帯です。また、埼玉県は醤油作りでも有名です。米・水・醤油が揃った草加でおいしいおせんべいが生まれたのは当然といえるかもしれません。
☆草加せんべいの原料でもあるお米の健康効果はこちらをご覧ください。
・必須アミノ酸とアミノ酸スコアって?お米が体にいいといわれる理由とは
農民の汗と涙の結晶!小麦で作られた南部せんべいの歴史
南部せんべいは、旧南部藩の領地だった青森県南東部(八戸地方)から岩手県北部にかけて広く食べられている伝統食品です。かつての南部領は下北半島から青森の東半分、さらに秋田県、岩手県まで広がる広大なエリアでした。
“端から端まで歩くと三日月が満月になる”つまり約2週間もかかるという意味で「三日月の丸くなるまで南部領」という言い回しが生まれたほど。そのため、南部せんべいは地域によって「八戸せんべい」「津軽せんべい」などとも呼ばれています。
米から作られた草加せんべいに対して、南部せんべいの材料は小麦粉。小麦粉に塩と水を混ぜて練った生地を、丸い鉄製の型で薄く焼き上げたおせんべいは、素朴な味わいと鋳型からはみ出したミミと呼ばれる部分が特長です。
南部せんべいの誕生にも諸説ありますが、有力とされているのは約650年前の南北朝時代に時の天皇が八戸を訪れたとき、家臣が農家から蕎麦粉を手に入れ、自分の鉄兜で焼いて献上したのが始まりと伝えられています。※3
じつはこの地域は今でこそ米どころとして知られていますが、当時は米作りには向かない地域だったそうです。冷害、特に「やませ」と呼ばれる海から吹く冷たい季節風の影響で米の収穫量は少なく、庶民の主食は凶作に強い小麦や蕎麦、ひえなどでした。こうした苦しい食糧事情の中で、小麦と水だけで作られたシンプルな南部せんべいが生まれたのです。
揚げる、挟む、のせる…!?
草加せんべい・南部せんべいで楽しむ味変
草加せんべいと南部せんべい、そのまま食べてももちろんおいしいのですが、それぞれの特長をいかした「味変」にトライしてみてはいかがでしょうか。
まず、パリパリした歯ごたえと甘じょっぱい醤油味が魅力の草加せんべいは、砕いてお茶漬けの具に。熱い出汁やお茶と、醤油味のおせんべいは相性抜群です。おせんべいをビニール袋に入れてめん棒などで叩いて砕き、唐揚げやトンカツの衣にするのもおすすめです。パン粉よりもカリカリ・パリパリに揚げ上がり、香ばしい風味を楽しめます。また、溶かしたチョコを草加せんべいにかければ「甘さとしょっぱさのマリアージュ」も体験できます。
一方、南部せんべいは素朴でシンプルな味わいを生かします。地元で知られているのは、2枚の南部せんべいに水あめや赤飯、おこわをはさむ食べ方です。また、ピザの台にしたり、はちみつやマヨネーズをかけたり、天ぷらにしてうどんにのせるのもおすすめだそうです。ミミの部分だけを揚げたり炒めたりして食べるのもおいしいです。※4
なお、南部せんべいを使った汁や鍋も有名ですが、これには煮込んでも崩れにくい専用の南部せんべいを使っています。お菓子として売られている南部せんべいを汁に入れてしまうとあっという間に煮崩れてしまうのでご注意を。
おせんべいの裏には歴史あり!
ご当地せんべいのルーツに思いを馳せて
日本には草加せんべいや南部せんべい以外にも、その土地の素材を使った「ご当地せんべい」がたくさんあります。
たとえば兵庫県の「炭酸せんべい」。これは有馬温泉の炭酸泉を使ったおせんべいで、ほろほろと薄く、サクサクした軽さが特長です。また、とうもろこしの生産が盛んな山形では「とうもろこしせんべい」が作られています。三河湾からの海の恵みが豊かな愛知では「えびせんべい」がお土産としても有名です。また、蕎麦の実が特産の信州や島根では、蕎麦を練りこんだ「蕎麦せんべい」が名産品です。
ご当地せんべいには、その地域の風土と歴史が詰まっています。おせんべいの裏には歴史あり。お茶の時間に、ネーミングに秘められたおせんべいの歴史に思いを馳せてみるのも楽しいかもしれません。
☆おせんべいにまつわる話はこちらでも紹介しています。あわせてご覧ください。
・せんべいとおかき、あられの違い。うるち米って知っていますか?
・お煎餅の歴史とは?国民的アニメにも描かれた日本のソウルフード
【参考文献】
※1 草加市
https://www.city.soka.saitama.jp/cont/s1403/010/010/020/01.html
※2 草加せんべい振興協議会
https://sokasenbei.com/know/index.html
※3 VISIT HACHINOHE
https://visithachinohe.com/stories/nanbu_senbei/
※4 八戸せんべい汁研究所
https://www.senbei-jiru.com/
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ライタープロフィール
澤 晶子(サワ アキコ)
WEB編集者・ライター
長年、学習塾・家庭教師勤務。フレンチ・イタリアンレストランでの勤務経験も豊富。趣味は食べ歩きと料理。季節のグルメのお取り寄せにも目がなく、特に地方限定銘菓が大好きです。
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